今さら 日イのはてな

「ジャカルタ新旧あれこれ」の合間に

Rossano サクラ

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bima

先日のブログで、Rosano Barackの子息と結婚した歌姫Syahriniの家族4人のコロナ感染は、その後どうやら制覇したらしく、おめでたいことである。 子息とはReino Barackであるが、名前を書かなかったのは、何か理由はあったはずだが、 調べる前に、昨日何気なく見ていたハリウッド黄金時代の男優に父親の名前と同じような人が居ることに気付いた。Rossano Brazziである。イタリア人ではあるが小生も学生時代に小躍りしたような『南太平洋』という映画を見たが、それがバリハイからインドネシアに縁が出来たようなものであった。 きっとRosano Barackも感激して彼自身同じような名前にしたのはと思ったが、少しつじつまが合わないようだ。 Brazziの方は1916年生まれである。彼の代表作はいくつもあるが、自分で懐かしく感じるのに、ミッツィゲイナーと共演の『南太平洋』の他、サマータイムの曲の『旅情』やスリーコインの『愛の泉』がある。黄金時代のハリウッド俳優を見て改めて、大昔であったことを実感した。 子息のレイノ・バラックの名前を書かなかったのは、書くのに遠慮することがあったのと、あと一つは、あのインドネシア仮面ライダーの現在の状況が不明であると言うことだ。 今日も三つ程で確かめたが彼の発案で作ったこのキャラクター・アニメBima Satriaは、権利関係は不明であるが、今もRCTIでやっていることは確かめた。 RCTIは、あのTanoeのMNC TVが保有しているTV会社である。その親会社はGlobal Mediacomである。 Globalの株主はやはりTanoeの投資会社PT.MNC INVESTAMA TBK である。そしてRCTIやPlaza Indonesiaはあのビマンタラが保有していたものであるが、それをTanoeが譲渡を受けた経緯があるが、プラザ・インドネシアはビマンタラとシナールマスとオメトラコが共同で始めたが、ビマンタラ自体があのバンバンとRosanao Barackなど友人3人で作った経緯もあり、RosanaoはこのPlaza Indonesia の社長であり、Global Mediacomは監査役会長を堅持しているようだ。この流れからReinoはTV界に入って最初は2008年11月、Global社のビジネス開発およびコーポレート・ファイナンスマネージャーとして入社したとなっている。 彼は1984年生まれ2007年パリのAmerican Univを卒業し日本の母や祖母の居る東京のメリルリンチなどで働いた後ジャカルタに戻って温めて来たBimaを創作したのである。これはインドネシア初の特撮シリーズであり2013年から2015年TV放映し、前後してキャラクターグッズやブランド・ライセンスビジネスで成功している。ここでは石森プロ、バンダイ伊藤忠の協力があった。彼の姉(?)のRangga Maya Barackは、映画「ザ・レイド」(Raid)を監督したGareth Evansという関係もある。その後のAKB 48を育てたのも彼である。