今さら 日イのはてな

「ジャカルタ新旧あれこれ」の合間に

ジャカルタ東部工業団地 ミトラ・本田・豊通テクノ

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Toyotuu techno



ジャカルタ東部の最東部にインド大成の他、豊通テクノパークがある。ブカシ・カラワン地区の工業団地に目が行き過ぎてつい、見過ごしていたが、今日の主役は実はミトラ・カラワンである。このミトラとはホンダのパートナーである所謂、アンさんグループ(Prospect)で、68年以来PT.Imora による本田の基盤づくりに貢献し、東レ関係合弁にも力となった華人で、このブログでも遅まきとはなったが2018年「本田とイモーラ・グループ」で書いている。

ミトラ・カラワン社(PT. Mitra Karawang Jaya)は1989年、総面積500haの Kawasan Industri Mitrakarawang:KIM)を開業しており、相当な先見性があったと言える。

PT. Imoraによる現地アセンブリ方式から本田とPT. Prospectグループの合弁のHPM(Honda Prospect Motor)社としたのは1999年で、スンター工場からここに主力工場を建設したのが2003年、そして2014年には第2工場も開業しキャパを20万台に増やし、且つ会社のマジョリティも本田に渡したものの様である。

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mitra Karawang


このミトラカラワン団地は伊藤忠のKIICとSurya Cipta工業団地の間に位置するが、このProspectグループが保有し、グループをパートナーとして日系合弁の工場が多く拠点としている。アンさん(Hadi Budiman 1927-2006))長い貢献のあと2006年没したが、後は10人の子息たちにグループのホールディング会社Budiman Kencana Lestariを残している。2015年頃はKusnadi BudimanがHPM社の会長についていたが現在は本田が掴んでいるのだろうか。あとMuljadi BudimanがGenung Goelisゴルフ場のMulia CollimanやCentexやTIFICOの役員に列している。彼は2018年の富豪リストで資産$350百万のインドネシア101位、64歳で出ている。

 

ここKIMには本田プロスペクトの他Nikawa Tex、東海ラバー、Asanoギアー、Chemco、Inti Ganda、DUNIA EXPRES、SPINDO、が工場を操業しているが、2012年に、6 区画(15ha)を購入してレンタル工場ベースのテクノパークを運営しているのが豊田通商で、正式にはPT.TT Techno Park Indonesia (TPIN)と言う。