又、撮り貯めの写真の場所の確認作業に没頭した。今度は一応フォルダーがありGandariaとあるので楽勝だと踏んだ。その上建物の屋上に名前がありHamkaと読める。Hamkaと言えば、あの高速道路会社のCMNPをやりながら貧民(dhuafa?)救済を目指した店(Pojok Halal)の富豪英傑の人だと、昔書いたブログなどを読みふけったが、結局疑問が多いので、その時も疑問列伝でしめくくっており、あれと、これとを結びつけられるビルの名前など出てこない。
ビルの屋上の名前はHAMKAの前に文字があり、JIなのか、色々試すうちUと言う事が解り、Uni(versitas Muhammadiyah)-HAMKAと言う大学の略称だと解った。 ここでもHamkaというのは人の名前でありMuhammadiyah活動に功労のあった人の様である。
ムハマディアは教育に熱心で各地に学校を作り、それが現在も大学で言えば各地のムハマディア大学になっている。それぞれが独立しているようでUniv. Muhammadiyahでgoogleしても各地の大学名が飛び込んでくる。Uni.Muhammadiya Yogyakarta(UMY)とかMalang (umm)、Surabaya(UMS)、Semarang (Unimus) 、Surakarta(unimus)、Pontianak (unmuhpnk)、 Bangka Belitung(unmuhbabel)、Palembang (um-palembang)など、そしてJakartaにもあり、UMJと略称する。
今回はこの写真の建物と所在地がテーマであるのでDr.や各Univ.の記述は例示のみにとどめよう。ここに届く前にUHAMKA Resmi Miliki Gedung Pusat xx 云々のニュースの記事の方が何度も飛び込んで来て 併せて掲げられた建物の写真は私の冒頭の写真と違うのが確認に手間取った原因の一つである。そして私の写真はGandariaのモールから撮り続けているものだが写真は飛び飛びであり、そしてこの写真が撮った写真のシリーズ最後の一葉で、一枚前の写真の所在地と、どれほど離れているかわからないのだ。
さらに悪いことにGandariaには後一つUhamkaがあるが此方も建物の写真は別物である。こちらはGoogleが示す建物はキャンパスらしくはない。
結論を急ぐと問題のUhamkaの住所はJl. Limau II、Kramat PelaでGandariaの文字はない。しかし先日のTaman Langsatからほんの300メートルの近さでありGandaria IIIと言う通りの裏である。
そしてそこへ行っても私の撮るた写真と位置は合わすことが出来ないままであった。しかしキャンパスの近くに日本の清六ラーメンのお店が有ったので、もう日本人には知られている区画なのだろう。
尚彼らが新しい建物を建てたと言うのは南ジャカルタ、チラチャス区であった。こちらは彼らが誇る建物であるようだ。