今さら 日イのはてな

「ジャカルタ新旧あれこれ」の合間に

KopiのOeyか砂糖のOey

嘗ての伝説的なアジアの砂糖王にオエイ・ティオン ハムがいる。

アジアと言う事は世界の砂糖王と言う事になるが砂糖の世界王の話はジャワの話でありその名残はRajawaliにあったと記憶する。

しかしこの名前がOeyであったかどうかが不安であったが確かめると間違いなくOeyであった。

Rajawaliについても国営のRajawaliが財閥のRajawaliかとなると記憶があやふやでこのことも確かめる必要がある。

その事はブログにしたこともあり、それを見ればいっぺんで判る筈でブログをここで紹介しょう。

 

ラジャワリRNIと子会社RNI…一部

RNIとは親がRajawali Nusantara Indonesia、子がRajawali Nusindo Indonesia である。 PTPNはオランダの農園会社を国営化したものだが此方のRNI は華僑の砂糖王黄仲涵のOei Tiong Ham Concern (OTHC) 又は建源公司Kian-gwan Kongsi を国有化したもので当時の事だから砂糖やゴム・コーヒーが主力でパームは出遅れがあるかもしれない。保有農園は砂糖が57.200 hektar(46.100 hektar の農民所有分)パームが35.600 hektar(19.600 hektar kebun plasma), ゴムが 1.500 hektarとお茶が1.400 hektar、工場数では砂糖の8 pabrik gula,及びパーム3 pabrik、お茶が2 Pabrikである。社長のDidik Prasetyoの説明ではPT Mitra Kerinci のブランドLikiの緑茶工場が東南アジアでトップらしい。

子会社を挙げて置くと砂糖にPT PG. Rajawali I、PT PG. Rajawali II、PT PG. Candi Baru、パームにPT Mitra OganとPT Laras Astra Kartika、あと販売子会社のPT Rajawali Nusindoがあり医療機器や消費財を扱っている。

Nusindoの本社はクニンガンのJl Denpasar RayaでRNIと同じビルの2階である。

 

このブログで王様の名前が王中間の黄仲涵で黄色がOeyであるが、会社名の建源公司の方が記憶にのこっていた。あと一つブログがあった。

Kemayoranに行くときにRajawali と言う駅があるが近くのPademanganの説明に以下がある。

ラジャワリ駅はアンチョールから来る線路とコタから来る線路の合流点であるが駅名はその小さな道路名から来ている。

 

そこからアンチョールに向かう地区はPademanganという町名でその中にPandemangan小道(Gang)がびっしり詰まっておりGangの最高は31番であった。

 

このGangを覗くと結構整備されており、中国人の顔も見られそれなりに落ち着いた生活を感じることが出来た。Rajawaliとは大鷲の意味であるが、ピーター・ソンダッ率いるコングロマリットのグループ名であり、 富豪怪人ハリー・タヌのTV局 RCTIのRもRajawariであり、砂糖王の流れを引く商社Rajawari Nusantaraもありインドネシア事業家の好きな名前らしい。

 

今日、この古い名前を出したのはTugu Hotelの部屋の名前にオエイ・ティオン ハムと言う名前を付けていたからで、ホテルの説明には。。。の世界に足を踏み入れると、この壮大な80.56㎡の壮大なプレジデンシャルスイートは、過ぎ去った壮大な時代にあなたを連れて行ってくれます。アジアの砂糖産業を支配した男に敬意を表してデザインされたティオンハムスイートは、豊かで歴史的な優雅さの領域です。目玉であるユニークなキングサイズのベッドは、シュガーキングの遺産に対するスイートの献身を反映しています。。。。とあった。