首都ジャカルタにもジャカルタ湾から北に点在するPulau Seribu(千の島:実際は約120島)を持っている。この島々群はひとまとめにしてPulau Seribuと言えるし首都の中で東西南北中央と言う5つの市と同格の県である。
県庁所地は代表島 Pulau Pramukaである。千の島全体が観光経済特区に指定され、租税等支援がある。
これに比較し東京の対伊豆小笠原諸島に対する扱いは軽すぎるなという感じである。
それは知らなさすぎるからだとAIに聞いてみてAIも混乱するその顛末を記そうと思う。
聞き方が悪いことは重々判っているのであるが、まず「伊豆諸島は東京に属するが名前から静岡のほうがよい その経緯と東京の責任の果たし方は十分か」と単刀直入に投げると{江戸幕府の直轄支配}と「交通・医療・防災の面で長年“課題が残る”と島側が指摘してきたのが事実」と答えてきた。
生活圏=静岡、行政=東京という二重構造と何よりも遠い事だろう。船便飛行機少なく且つ欠航が多いのでやむを得ない点もある。
昔流刑地・海防地としての性格が強く、現代でも全体をまとめる役所はなく(?)支所が 4ケ所のみ(大島支庁、三宅支庁、八丈支庁、小笠原支庁)で病院など、少ない宿命は、人が流出し続け人口が少ないことに尽きる。
海防部で思い出したが、あの硫黄島もこの東京に属する島の一つであることを改めて見つけ、こここそが沖縄より先に日本領土の喪失地であったことも合わすと、東京都は毎年少なくとも終戦の日に喪に服すべきだろう。二万余名の将兵が無念のうめきを挙げたのだから。 靖国遥拝でなく靖国から硫黄島に向かって遥拝すべきだ。
この島は自衛隊が使用しており元住民は離島しており、その前、住民の男達は徴兵され運命を共にしたという。
小笠原島には片道24時間の定期船が週に1便程度運航しているのみで世界遺産も気軽には行けない。
ここで補足が必要で支庁は「島の役所」ではなく東京都職員が常駐する「東京都の役所」である。その下に村役場というの自治体があるのであろう。
掲げた青ケ島の地図は青ケ島村のサイトより借用した。

東京都は行政上『島しょ部』としてまとめて扱っているが、奥多摩のような固有名称はない。大島と八丈島でも、況や小笠原では文化も方言も別という。
というものの副都心とかするなら、その前にここ、島しょ部を新たなる新県の設定したらどうだろう。
名称も島嶼部から改定し例えば東京外洋県でどうだろう。今は都議1人定員、国政は東京1区に属するのみである。
ここいらでAI問答を変え、だれかの小説に漂流日本人の話があったがどの島だったか質問してみた。
色々回答を引き出しまとめると以下の様な回答があった。
日本文学で有名な“漂流日本人”の物語と島の対応表(完全版)を示す。
① 『小笠原島物語』系(幕末の漂流民)
② **吉村昭『漂流』舞台:鳥島(伊豆諸島の南端)**明和の大津波で流された漁民が鳥島に漂着そこで数年間生き延びる鳥島は 東京都小笠原村の無人島
③ **山本周五郎『海の牙』
→ 舞台:八丈島(東京都八丈町)**
④ **新島・式根島の漂流譚(民話・随筆)
→ 舞台:新島・式根島**江戸期に漁民が流されて新島に漂着した記録が複数
⑤ **『ジョン万次郎漂流記』
→ 舞台:鳥島 → アメリカへ**
私がGoogle を開くと“あなたが見ている「青ヶ島の近くにある鳥島」は、“鳥島とは別物” で、あなたが探している漂流民の鳥島ではない。“
と言うではないか。そして青ヶ島の近くに「鳥島」という別名の岩や地点が表示されることがあるが、正式な島ではなく、漂流事件の舞台では絶対にないとまで言い切った。
何度か言い合いをして結局同じ島を地理:伊豆諸島のすぐ南だが行政:小笠原諸島(小笠原村)という“ねじれ構造”があった事になった。鳥島は二つの諸島の真ん中にある豆南諸島にあることが確認された。
最後にこの列島の一覧を出せば氷解する。ジョン万次郎も 吉村昭の「漂流」の土佐の長平たちもここだったのである。長平が16?年後救出したどり着いた島は青ケ島であった。
この列島には最南の島、南鳥島や沖ノ鳥島があるがここと間違った訳ではない。
しかしぼんやりしていると中国が手を出してくるよ 既に中国は第2列島線としてこの列島を線引きしているのだ。
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伊豆諸島 → 豆南諸島 → 小笠原諸島一覧 |
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島名 |
東京から |
面積 |
人口('25) |
行政区分 |
交通(本土⇄島) |
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伊豆大島 |
120km |
約91km² |
6,813人 |
大島町(大島支庁) |
船・調布便 |
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利島 |
140km |
約4.1km² |
300人 |
利島村(大島支庁) |
船 |
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新島 |
160km |
約23km² |
1,950人 |
新島村(大島支庁) |
船・調布便 |
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式根島 |
165km |
約3.7km² |
465人 |
新島村(大島支庁) |
船 |
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神津島 |
180km |
約18km² |
1,800人 |
神津島村(大島支庁) |
船・調布便 |
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三宅島 |
180km |
約55km² |
2,300人 |
三宅村(八丈支庁) |
船・羽田便 |
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御蔵島 |
200km |
約20km² |
300人 |
御蔵島村(八丈支庁) |
船 |
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八丈島 |
300km |
約69km² |
7,500人 |
八丈町(八丈支庁) |
船・羽田便 |
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青ヶ島 |
360km |
約5.9km² |
170人 |
青ヶ島村(八丈支庁) |
船・ヘリ(八丈) |
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鳥島(豆南諸島) |
580km |
約4.8km² |
0人 |
小笠原村 |
上陸不可 |
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孀婦岩(そうふ) |
650km |
約0.01km² |
0人 |
小笠原村 |
上陸不可 |
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須美寿島 |
600km |
約0.1km² |
0人 |
小笠原村 |
上陸不可 |
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明神礁(海面下) |
600km |
0km² |
0人 |
小笠原村 |
海面下 |
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ベヨネース列岩 |
600km |
約0.02km² |
0人 |
小笠原村 |
上陸不可 |
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父島(小笠原) |
1,000km |
約24km² |
2,000人 |
小笠原村 |
おがさわら丸 |
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母島(小笠原) |
1,040km |
約21km² |
400人 |
小笠原村 |
父島⇄母島船 |
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南島(小笠原) |
1,000km |
約0.4km² |
0人 |
小笠原村 |
父島発ツアー |
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兄島(小笠原) |
1,000km |
約7.9km² |
0人 |
小笠原村 |
上陸不可 |
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姉島(小笠原) |
1,000km |
約1.3km² |
0人 |
小笠原村 |
上陸不可 |
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硫黄島 |
1,250km |
約11.6km² |
0人 |
小笠原村 |
(自衛隊のみ) |
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北硫黄島 |
1,260km |
約5.6km² |
0人 |
小笠原村 |
上陸不可 |
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南硫黄島 |
1,300km |
約3.5km² |
0人 |
小笠原村 |
上陸不可 |
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西之島 |
1,000km |
約3km² |
0人 |
小笠原村 |
上陸不可 |
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沖ノ鳥島 |
1,700km |
0.01km² |
0人 |
小笠原村 |
上陸不可 |
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南鳥島 |
1,850km |
約1.2km² |
0人 |
小笠原村(+気象庁) |
航空支援のみ |
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上陸不可とは役所に照会請う。 なおAIは小笠原に属するとしたが伊豆諸島八丈支所管轄のようだ。



















