ジャカルタ今昔 日イのはてな

ジャカルタ中心にインドネシアの報道からその今昔と日本・世界への繋がりを探る

力強い日本のテラドローン

少し古い話になるが今年の2月は日本のからのインドネシア進出が多い月であった。小生も社食や養鶏場など7件も目にして“日本の中堅現法活発”と表現したがその中にテラドローンと言う会社があったが、これは小生に取っても次の世界制覇の自動車につぐだろうドローンだと胸が躍った。

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Terra drone
始めて聞く会社名だったのでネットで見ると久しぶりに本当の日本の技術力を訴える力強い言葉に会うことができた。その言葉は次の通りで3段落一つ一つが感銘を受ける言葉である。
* 今こそ、日本全体がもう一度立ち上がる時です。Terra Groupはその先頭に立ち、日本人の誇りを蘇らせます。
* Terra Groupは日本が世界に誇る技術分野で、設立当初からグローバル市場で戦う事を前提に創業された企業です。新しい市場を生み出しリード出来る存在になる事で、日本発のベンチャー企業が世界で通用することをもう一度証明します。
* 日本社会、特に若者をインスパイアして、世界で勝負すること、高いハードルを乗り越えリスクに挑戦することが当たり前の日本社会をつくる事に貢献します。
その技術と言うのは進出のニュースによると「テラドローンが開発したライダー(LiDAR=高性能なレーザー光を利用したセンシング技術システム)「Terra Lidar」を搭載したドローンを用いて、測量や3次元モデルデータ作成のサポート事業などを展開する。」とあり、プルタミナなどが石油採掘などで利用が高いもので進出は現地のエアロ・ジオサーベイとの合弁になる。小生が夢見る空飛ぶホーム自動車ではないがテラドーンは既に2時間飛行が可能な固定無人機も自社で開発済みと言う。親会社は電動二輪、三輪を製造販売し、海外売上比率85%、年間3 万台を売り上げるテラモーターズ株式会社である。同社は同時にドローン運行管理システム (UTM)事業も行なっているというので夢への最短距離にある。ドローンでも海外進出3ケ所、電動車販売代理店は5ケ国になる。代表取締役 徳重 徹氏は1970年生まれ山口県出身、九州大学工学部卒。米Thunderbird経営大学院にてMBAを取得している。ぜひ若い人は同氏の経営哲学を学んで欲しいと思った。

今朝の1日もauで

起きればコーヒーの用意の間にパソコンに向かう。今日の最初のGoogle はCilincingと、その相方のCililitanである。CilincingはCakunと合わせCacinと覚えておけばジャカルタの東北の地名と覚えられる。少し南のCililitanはCawangの近くだが合わせてCacilがあるかなと思っても、そのような言葉はない。
「似たもの 地名」のブログの原稿が済めば、次は昨日出会った英語の歌詞を調べる。たまにはHotな歌に巡り合えて嬉しくなりJustin Bieberかと思ったら1970年代のCCRのWho stopped the rainであった。 その後、Au shopに出かける。自転車に乗って出かけてから、薬を飲むのを忘れたことを思い出し家に戻る。又出かけたが今度は auの請求書を忘れたことを思い出し又出直す。

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このAu/SONYのEXPERIAにはもう10年来ほども悩まされるが、最近の問題では、“APNが指定されてません”との警告が出てきてこれが消えなくて邪魔をするのと、最初の画面でフレームが入ったりしたロック用画面が2重になったりで操作が悪くなっていることだ。 今日は何とか他のお客も少なく問題解決を確認して今家に戻ると、何も直ってないことに気付く。どうもこの機種は勝手に、且つ悪い方に動く病気があるようだ。又明日でも行く羽目になる。日本のスマホ環境はますます小生にはびっくりするようなことが起こり失望することがおおい。
まず、もう解約するしかないなと思うと解約料が1万2千円かかるらしいことを知りびっくり。2年前まで持っていたインドネシアスマホ(日本人だからXPeriaを使っていた)は帰国後、未だ家の机の引き出しに残っているが解約料は不要であった。
ガラケーにしようと思うが昔日本で使っていたガラケーは2年前復活させ、日本に来たインドネシア人に進呈したが3ケ月の期間を継続使用しなかったため使えなくなってしまい捨ててしまった。 今、ガラケーは、訣別したいauしか販売してないと聞いたが本当だろうか。 しかしガラケーでも機器本体が43,200円もするという。インドネシアではRp300,000(2,500円)で買えたことを思い出す。(2015年頃NOKIA) 
それにまた悪いことに日本では再来年から今の3Gが使えなくなるらしく皆買い替えが必要になるという(?) 悪い話も聴いた。
今のスマホの値段は上は30万円もする。何が上下さが大きすぎる。中国のは10ドルらしいニュースも読んだが。。しかしいい話も一つはある。スマホについているプロバイダー料金はウイルスバスターもついて月額400円という。安さにびっくりした。ならばパソコン用のプロバイダー料金はどうかと見ると、auひかりで月額4,000円もする。スパムはノートンを別途払っている。
新しいお客が店に入ってきた。同世代である。インターネットは使わないので安い方法をたずねていたが、店員はそれなら「かけ放題」を薦めていたがかけ放題はオレオレ詐欺者用ではないのだろうか。人から通知を受けたり、送ったりするのにハンドフォーンであらねばならない内容は何だろうかとふと、パソコン&Eメールだけでもいいのではないかと考えた。
昼からは枯れてしまった胡蝶蘭の、再生をかけた植え替えをしなければならない。(これは難しそうで結局葉を綺麗に拭いてやることで済ました。

日イの大住宅団地の規模比較

この間、偶々、3,000haもあるセントゥールの住宅地の話を始めて知った。セントールと言えば90年前半はトミー氏のサーキット場


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Palmhill1994
パームヒルゴルフ場で有名になりかけていた時代でその後もジャゴラウイ高速の左右やボゴール山地へかけて林立したゴルフ場、レクレーション・スポーツ施設が出来て行って、小生にとってはゴルフ以外の事は余り知らない状態であった。最近LRT通勤電車網がこの地に迄伸びてきて驚きの展開になってきた。

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Vivo Sentul megapolitan
貢献の一つは先に登場させたMegapolitanグループのVivo Sentul(260ha)であるが、それ以上に大規模なのはSentul Cityである。
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AION Mall Sentul
この会社は3,100haのtownship建設計画で1993年設立、1997年上場したが、その時の会社名はPT. Bukit Sentul Tbkである。その後会社名はPT. Sentul City Tbkに変更され現在会社文書では監査役会長がTranggono Ting 64歳、株主にSAKTI GENERASI PERDANA社が42.6%とSTELLA ISABELLA DJOHAN が20%と見えるが、未だよく知らない小生には馴染みがない。
Sentul Cityは未だ建設中であろうから住宅総数や人口規模の全貌は不明である。日本にはタウンシップなど洒落た言葉はなくニュータウンになるのか団地群をイメージする。一番有名な大規模ニュータウン多摩ニュータウンで、これは一事業体が行った線引きされた地区ではないようだが地図を見ると大体2,500haと推定計測される。この概念のタウンシップはインドネシアでは1事業グループ単独で、計画面積でランク付けが出来る。Sentul CityはDeltamasに次いで5番目となろうか。

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日本の団地はやはり入居者抽選などを経て育ち、今は高齢化社会で放置住宅が問題となるその焦点である住宅そのものの数が一番関心で、その住宅数が規模のランキングになろうが、インドネシアはカバーする面積で1位6,000ha、5,200ha、5,000ha、4,000haと上位は巨大でどう線引きしたのかちょっとふしぎでもある。

注:先に登場させたMegpolitanというのは「ジャカルタ新旧あれこれ」でリンクを張ってます。
注:規模の比較は競争の意味ではなく、関連する日本の状況を学習の為話題にすることである。

特異か日イのスーパーブロック

インドネシア不動産の報道では、スーパーブロックと言う非常にポピュラーな用語がある。先のベンヒルのスーパーブロックではリテール施設、ホテル、事務所ビル、コンドミをもつ都市居住空間と表現したが更に保育園から大学までの教育機関や総合病院などの医療機関、レクレーションやビジネスの支援施設などを持つことが多い。その規模は最大6,000haという大規模なものから1ha程度のものまで渉り、それらを示す用語としては単純にKota(City)と言う用語をブランドに使うことが多いKota Mandiri(自立都市)や Kota dalam kota(City within City )或いは場合によりTownshipと言う英語で表すが、

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Bassura superblock
その内スーパーブロックは若干規模の小さく土地に制限がある場合のようだ。ただ厳密な定義・法制があるものではなく入り乱れているかも知れない。小生のブログではBassuraスーパーブロックというのを2015年3月に書いている。


更に機能を職住に集約したものをMixed Useという用語も使われる。日系が全部をやるのは荷が重いが商業施設とのMixed Usedなら東急クニンガンがある。

東京にも当然あるだろうと考えたが具体的物件も知りたくGoogleしたが日本ではスーパーブロックと言うのはブロック(遮蔽・防御)の意味から水害などの防災に使用される吸水土嚢の方がよく使われるようだ。 スペインのバルセローナで言われるスーパーブロックは都市を9ブロックに分けこの中を自動車の通過を一方通行にして、自動車の自由な利用をブロックし居住者に取り戻すものという概念で使われている。
しかしインドネシアのスーパーブロック的意味のものも確かにあるにはあるようだ。驚くことにはこの用語はあの世界遺産に指定されたフランスのル・コルビュジエという建築家によって最初に造語されたもので彼は放射都市の概念だったようである。ル・コルビュジエの遺産の一つが上野の西洋美術館である。
ジャカルタTOD型コンドミで集まった日本の不動産物件では東急も大和もこのスーパーブロックを謳歌している。

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tokyu kuningan

私のはてなブログ

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旧「ジャカルタ新旧あれこれ」

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新「ジャカルタ新旧あれこれ2」

追記; お知らせ
このブログは今までNiftyココログジャカルタ新旧あれこれ」で書いてきた続きとして特に日本や世界との関連ある事項を中心に書くことにしました。従来のインドネシアの歴史、ニュース、企業やWho’sWho、文化などもろもろは 「続ジャカルタ新旧あれこれ」で続けていますのでご利用下さい。
旧「ジャカルタ新旧あれこれ」:http://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/
続「ジャカルタ新旧あれこれ2」:http://jakartan2.cocolog-nifty.com/blog/
ジャカルタ今昔 日イのはてなhttps://nishimikyohei.hatenablog.com/

Benhil Central Superblock

Benhil Central Superblock
というような名前に惹かれて調べてみたがこの述語でのGoogleは何故かゼロであった。
この間日本のTVでGoogleで引っかかる数が最少なるクイズショーをやっていて最小5個の検索数の言葉(何だったか忘れたが)が最優秀であったがこれを抑える言葉になる。Benhil Centralという言葉だけならこのプロジェクトはいくつか引っかかったが、それは2013年の計画の延長のもので、確かにスディルマン通りに面する黒いビル(Sudirman Suite Apartmen)は小生が2018年7月 6日 (金)に「もとDKBジャカルタビル」と言うブログで触れた通り完成しているが、パッサール・ベンヒル(市場)の改装計画とのつながりは未だ不明である。そしてこの黒いビルの脇のベンヒル通りを挟んで元リソナ・プルダニア銀行があった土地に日本の森ビルが建設中であるが、Superblockとの関係も今一つ不明である。(無関係で隣と言うだけだろうか)この三つの黒いビル・森ビル及びベンヒル市場の位置関係が解る写真は借用のこれである。

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Benhil Central Pasben
完成した黒いビルは写真の右半分のビルで森ビルの敷地は未だプルダニアビルの屋根と駐車場で奥の高いビル(計画のみ)の手前の低いが屋根が特徴の建物がパッサールの計画である。この写真のプルダニアの敷地の森ビルは着々と建設は進んでいると友人から聞いている。そしてこの地にあるMRTの駅Benhilからは安全にSudiruman通りにつながっておりスディルマン通りの両サイドがつながって便利になっているそうだ。
Benhil Centralは1.8ha(それほどでもない)の土地に1兆ルピア(100億円弱)をかけてリテール施設、ホテル、事務所ビル、コンドミもつスパーブロック(名称 Green living & Superblock とか....)を建設するもので、この市場の保有・運営運会社の市営PD Pasar Jayaと国営建設会社Wikaなどのコンソーシアムが計画している。所謂MRTと協力するTODコンセプトであるが。。。
このブログは“ジャカルタ新旧あれこれ”のブログに入れるつもりであったが日本も絡む “はてな” の多い内容なので中途半端も顧みず“ジャカルタ今昔 日イのはてな”にブログにアップしよう。
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Benhil 2014
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ジャカルタ芸術大学と東京芸大

Patung Persahabatanを製作したのはアディサディキン市長が設立したジャカルタ芸術大学ともいえるLPKJ (Lembaga Pendidikan dan kebudayaan Jakarta)の学生であったが、

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IKJ TIM
この大学は何となく近くのイスマイル・マルズキ公園奥の芸術学校の気がして現在の何かを調べる気になった。LPKJと言う名前は既になく、Googleもその名前の記事などをこの10年そこらにアップした人がないと、いくらサーチングしても引っかからない。それではとジャカルタ芸術大学から色々逆引きで近づいていく方法でPenguruan Tinggi Seni(芸術高等学校:大学)のインドネシアTop9に行きつきこれだと思ったがこのベスト9にはジャカルタの大学は何故かなく、更に探すとベスト5芸術学科キャンプスKampus dengan Jurusan Seni Terbaik di Indonesiaの中の第4番目にInstitut Kesenian Jakartaを見つけた。このベストのランクを出すと以下のようで、


1. ISI JOGJA (Institut Seni Indonesia Yogyakarta)
2. ISI SOLO (Institut Seni Indonesia Surakarta)
3. ISI Denpasar (Institut Seni Indonesia Denpasar)
4. IKJ (Institut Kesenian Jakarta)
5. ITB (Institut Teknologi Bandung)
序に先のtop 9は
1. Institut Seni Budaya Indonesia Aceh
2. Institut Seni Indonesia Padang Panjang
3. Institut Seni Budaya Indonesia Bandung
4. Institut Seni Indonesia Yogyakarta
5. Institut Seni Indonesia Surakarta
6. Institut Seni Indonesia Denpasar
7. Institut Seni Budaya Indonesia Kalimantan Timur
8. Institut Seni Budaya Indonesia Sulawesi Selatan
9. Institut Seni Budaya Indonesia Tanah Papuatabloidjubi.com
なぜ9なのか何故Jakrtaは入ってなかったのかは解らないがこれでジャカルタのIKJにたどり着いたがこのWikiにはこの大学は最初LPKJと言い1976年6月にAli Sadikin,により設立され最初は踊りTari、 劇Teater、音楽Musik、美術Seni Rupa、映画Sinematografi の5学部だった。1981年に大学に衣替え現在はTVやデザインなども充実させてきたのだと思う。
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昔マルズキ公園の奥を探検した時一番奥の左の隅にこの大学の入り口があり何か芸術祭をやっていたことを思い出すが現在は更に奥に高層の学舎も建っている様だ。
インドネシアでも総合大学などにもこれらの芸術系の学部はあると思うし日本も関連学部は多く専門や普通大学など100大学がある。範囲がむつかしいが国公立5芸大と5美大というくくりがあるのでこれだけでも出しておこう。
「国公立五芸大」は、
東京藝術大学
京都市立芸術大学
金沢美術工芸大学
愛知県立芸術大学
沖縄県立芸術大学
5美術大学は:
多摩美術大学
女子美術大学
横浜美術大学
秋田公立美術大学
・武蔵野美術大学
であるそうだ.。

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