ジャカルタ今昔 日イのはてな

ジャカルタ中心にインドネシアの報道からその今昔と日本・世界への繋がりを探る

ホテル業界も世界はでかい OPO Apa Otani

OPO World Top-Class vs Apa&Ohtani

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Apa HO akasaka
先日日本のTVで又APAホテルが取り上げられていた。日本で運営するアパブランドのホテルが441棟で全部で64,291室、売り上げは1,339億円とかで世界一とのこと、先に小生はOYOと言うのが世界一であるとブログで紹介していたので、一瞬間違えたかと思い急遽ブログを見て見ると OYOは8,500ものホテルを買収取得し月間4万室のスピードで増加中と書いていたので数ではOYOが上だろう。そこで世界のホテルチェーンを調べると1-3位はマリオット、ヒルトン、インタアーコンチで70万室台(2016年)で当時 OYOは6位の上海錦江 Jin Jiangの50万台と同位、世界ははるか上の方である。今は相当順位も変わっているだろう。買収と建設では違うとか、サービスの質、或いはお客の人気となるとランキングはまちまちであろう。 
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Peijin New Otani Coupon
ホテルなどと縁がなくなって20-30年もたつ者が話題にするのが間違っているが、偶々マイ・アルバムに北京出張のスリップが出てきたがそれはニューオータニの長富宮ホテルの食事券であった。
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New ohtani chang Fu Gong
そのホテルは今でも現存しているが、背景の北京の風情はこの程度だったとも言えるが、既にこのようにもなっていた。宿泊時に長城にも行ったが天安門から日時も立っていない時代だった。
ニューオータニグループは日本では5,000室で30位にはランクしているが、そのスリップの日付の1991年11月3日頃はトップクラスであったろうと思う。
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紀尾井町の本店のガーデンの写真を見てもその立派さは頷ける。ところでニューオータニは旧はないが、大谷家の大谷国際観光が保有しており、創設者は大谷米太郎で力士から身を起こした立志伝中の実業家で大谷重工業に結実、東京オリンピックではこのホテルでも協力したが、大谷重工業は変遷あり、現在は新日鉄系の合同製鉄が名残となっているそうだ。東京オリンピックを迎える前にTVにも又報じられることもあるだろう。 
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OPO 101
JakartaのOYOはNo.108 が友達が泊まったホテルでBatu CeperにあったがNo.101 はKampung Baliである。そこ地区はタムリン大通りの裏側で、昔、外国人専用民宿風でインドネシア踊りなども出していたWismaがあったあそこではないだろうな
近くにはソフイアン・ワナンディさんの事務所もあった。遠い昔だ。

クラカタウの禍福

keuntungan dan kebencanaan 先のジャカルタの人口推移に関するブログで、合わせてバンタン州を出したが、あの表の通りバンタン州は2000年に西ジャワ州から分離独立した州である。

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バンタン州は自分にとっても馴染みのある州でAnyer Beachでも数度、バンタンラマにも数度行っている。
しかしゴルフ場もあるクラカタウスティールは別としてKrakatau火山島もBaduy石器世代もUjung Kulong野生公園も行ったことはない。 Krakatauは昨年火山性の地震津波を起こし多数の死者(最終222人か)を出した後まだ噴火は完全には終わっていない。
1883年(8月27日)地域全体を暗黒に巻き込み津波でも多くの死者(3.6万人規模)を出した。島の2/3が吹き飛んだあと、1920年代まで更なる海中爆発などで出来た子火山(Anak Krakatau)は今も活動しているらしい。

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Marbella

クラカタウを見はらかすAnyer BeachにはPudjadiグループがMarbellaホテルを持っていたが大丈夫だったろうか。このホテルの名前は大分前の話で今はAnyer Beach Hotel - Carita Beach Resortと言うようで元々この地区はAnyerともCaritaとも言ったがCaritaが若干南の方だ。そして南のLabuhan の湾の南端の岬の方がTanjung Lesungと言う観光開発特区である。

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krakatau dari hotel anyerbeach
2000年頃バンタンが州として独立する際はこの地はクラカタウ火山も観光オブジェクトにして観光で沸いたが、その後もそれほどの盛り上がりもない内に大災害に見舞われた。Tanjung LesungはJababeka財閥が、Sol Elite MarbellaはPudjadi財閥、Hotel Mambrukはバリトー財閥、Carita ResortはLippo財閥が、そしてKompas、Astonなども力を入れているので明るい明日を期待したい。Krakatau Steelは新日鉄など韓日中で応援し今やインドネシアは鉄鋼輸出国になった報道も耳新しい。

ジャカルタ千の島と東京9島 その2

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青ケ島 
ふと目を止めた日本の絶景100選に青ケ島と言うのがあり、場所は東京都とあるので先般の記載したブログ「ジャカルタ千の島と東京9島」の中の島々を思い出し、自分に約束した竹芝桟橋まで出かけた。
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竹芝ターミナル
今日は今年1番の快晴で遅い春霞に煙る東京湾の風景はのどかで、何十年振りかにも拘わらずどこも昔と変わらない雰囲気にホットする。持病となった呼吸器も歩行器もにも思い煩うことのないホリデイであった。

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竹芝より
と言ってもゆりかもめを降りたのは竹芝だけであった話である。駅からすぐ桟橋に急ぎ北から南まで歩いたがターミナル愛ランドが見つからず日の出桟橋を近くに見て引き返した。
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東京愛ランド

要は駅からすぐ下に降りた所、ビルの1階がターミナルであった。遠く小笠原迄は船舶往復で多分2泊+ホテル泊とするとそこそこ10万はかかるようだ。ショップ東京愛ランドでは島産の焼酎やお酒、リキュールも多いが、飲み物の宿命重量があるので諦め、新島名産くさやも敬遠され、甘いものにする。

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鼈甲すし
平日だからか人出は少なく名物鼈甲寿司レストランでも近くの勤務者あるいは外国人である。本当の観光者は東京湾クルーズレストラン“ヴァンテアン”を利用するのであろう。ランチタイム、トワイライトクルーズ、ディナータイムクルーズがある。ターミナルの周りはゆったりした公園もありそこにモヤイの像があった。モヤイと言えば渋谷や蒲田・浜松の出会いの目印になっているがここのは伊豆新島で作られたものらしい。本物はチリ―の沖合3,800㎞のイースター島にあり日本が修復に協力したことから製作が認められている事情やチリからの寄贈の物もあるそうだ。イースター島は東京から13,500㎞、インドネシアからは近いかなと思ったが14,600㎞でより遠かった。
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注:写真青ケ島は出典 gnavi.co.jpより借用
モヤイは日本語で力を合わせるとかで像もヒントを得た創作なのか 本物はモアイで南三陸町は寄贈を受けたものであり、宮崎サンメッセ日南は世界唯一の完全復刻版のモアイである。
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moyai TAKESHIBA

東京よりジャカルタが上 渋滞比べ

Jakarta lebih macet

日本のTVで何となく目に入ったクイズに東京の人口クイズがあった。記憶に残っているのはジャカルタと東京の比較で小生はクイズに負けたと言うことだけである。今ネットで世界の首都の人口ランキングを調べるとどれもこれも、東京が第1位か悪くても第3位のものが溢れている。
TVクイズでは10位前後で東京がジャカルタの上であるというのが正解であったと記憶するが今その情報源をネットで探すと、そのような物には会えなかったが、目に付いたのは行政単位別・2018年度最新版)で以下のものである。
• 1位 上海(中国) 2415万人
• 2位 北京(中国) 1861万人
• 3位 ムンバイ(インド) 1839万人
• 4位 デリー(インド) 1634万人
• 5位 カラチ(パキスタン) 1491万人
• 6位 イスタンブール(トルコ) 1464万人
• 7位 コルカタ(インド) 1405万人
これだと! その下を探すと18位にやっとジャカルタ960万人、東京19位 927万人である。通常今までの常識では上位であるはずの、ロンドン、ニューヨークですら21位、26位の886万、850万人である。
クイズの答えの一部では記憶ではジャカルタは1,000万を超えていたので、上の960万とは違うが小生の昔の原稿では1,017万人だったのでTVの正解の1,000万超えは正しいと言える。東京はと、改めて調べると
東京都が発表したこの1月の推計では1,380万人であるので東京が上と言うクイズは正しいだろう。ジャカルタ特別州の州も東京都の都も同じレベルでその下に市町村を含むものだからであるが面積はと言うとジャカルタが740km2に対し都は2,188kmであるので区部だけの619km2で比較するとジャカルタが勝ちの筈である。
そうわかっていながら正解にコメント・納得できなかった理由が今解かった。 2000年前後でジャカルタの人口は800万台で、レバランでの人口流入を抑制しているニュースが頭に入っていたからである。もっと大きな要因であるデポック地域(約2百万の人口)が西ジャワ州に移転したことを忘れていたのだ。ところが西ジャワ州もその割に人口増がないがのが不思議であるが今、更にわかったことはバンタン州が西ジャワから独立したことを忘れていたからである。
その3州の人口を拾うと
州名/時点... .1980……..1990…..…2000…… .2010…… .2018
Jakaruta……..6,503….…..8,259…… 8,389… .9,604……10,468
W. Jawa…….27,453…….35,384…35,729….43,227.… 48,680
Banten………  -……   -..... 8,099….10,688.…. 12,488
明解であるが東京の首都圏とJABO(DE)TABEKの比較が残る。  西ジャワはブカシ・カラワンの発展が著しい。 面積も人口動態も無視したランキングは意味がないということである。

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Aaantri dalam berbaris

リンガ泊地もトラックも

Lingga old jap navy

バンカ・バリトゥンを話題にしたとき思い出されたのは、昔、太平洋戦記物でよく登場したリンガ泊地の事である。この地域で混乱するロケーションを島と中心に先にまとめると、まずはバンカバリトンで州である。
1バンカ島・バリトゥン島:バンカ・バリトン州:州都はパンカルピナンでバンカ島にあり。
ついで日本人にも一番有名な
2バタム島・ビンタン島: リアウ諸島州:州都はタンジュンピナンでビンタン島にあり
付けたしの序で
3ペダン島・テビンティンギ島:リアウ州:州都はプカンバルでスマトラ島にあり
そして本命の
リンガ島・シンケプ島;これもリアウ諸島州にあるが:バンカとバタムの中間でジャンビ州の沖合にある。
日本海軍の泊地と言えばトラック環礁であるが1944年大空襲で壊滅、その後パラオからこのリンガ泊地が注油・演習地・準備泊地として使用され施設自体は終戦まで維持されたが海峡等地勢からも攻撃にさらされることも少なかったそうだ。

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Asa borake
しかしここからリンガエン・レイテ海戦などに出撃しどの軍艦も戻ってくることはなかった。この地にあの大和も武蔵も、長門、金剛、榛名、伊勢、日向、扶桑、摩耶、大淀、空母翔鶴、瑞鶴、大鳳も一時の雄姿を見せていたのかと思うと感慨深いものがあるがGoogleにも現地地誌にもそれらの記述や名残はない。 そういえばトラック諸島ですらその名前はチュークとなりミクロネシア連邦のMapにはその名前は亡くなっているのである。

バンカバリトンの錫に酔う蘭日イ

Pariwisata Balitung after Tin Industri
映画「Ahokと呼ばれた男」で少年時代のアホックを演じたエリックと共に二人は「バンカ・バリトゥンから来た男」となるが、そういえばこれもブログに書いたラスカルプランギ(虹)と言う映画の小説家アンドレア・ヒラタもここ生まれであった。
バンカ・バリトゥン州は先のカリマンタンの新首都候補パランカラヤと南スマトラ州の州都パレンバンを繋ぐ横線状のスマトラ沖にあるが州都はバンカ島のパンカルピナンである。バンカ・バリトゥンと言えば、まずは錫が有名である。全地域錫が生産され1816年来、掘られている。当初は中国人クーリーがこき使われた歴史があり、日本占領時は三菱が採掘したが、中国人にまで対イ戦後賠償が行きわたったとは思えないが、韓国みたいに問題になることはなかったようだ。
錫の生産は今も国営錫会社Timahなどが従事してTimahの2019年資産は順調で目標6万トンに引き上げたニュースがある。 
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錫に次いではやはり観光で特に海岸に横たわる奇岩や白砂と緑青色の海とヤシが織りなすビーチの美しさであろう。Belitung 島の北37㎞のPulau Tanjung Tinggi は花崗岩の島で近くに島の名前が景徳鎮で有名な鉱石のKaolinもある。
それらの景色の代表はPulau Lengkuasで将に南洋のスパイスである。
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イ日の首都移転の問題提起

Indonesia/Japan moving capital city
インドネシアの首都の移転が閣議決定したというニュースには驚いた日本人は多いと思う。

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Palangkaraya
ニュースにその候補としてカリマンタンのパランカラヤが出ていたが、その名前はマイブログでも2年前に「新首都候補 パランカラヤ」として上げていた。そこはスカルノ時代に首都として鍬入れした町である。ジョコウイもさすが宮殿が浸水に会うありさまに音を上げたのである。ブログでは他に2010年に「ガルーダの国内フライト頻度に見る都市ランキング」なるものも上げていたがパランカランは週7便グループであった。週7便されど第20位の下位グループである。少しは増えたであろうか
日本でも1990年に「首都機能移転を検討する」という基本方針を国会で承認されているがもう長く具体的な動きはない。移転する理由について国民からの声が大きくないようで、問題提起に意義があると言う意見が小生に取って頷けるポイントであった。移転すれば改善に直接つながるとは思えない政官界の問題点である。
首都の移転は多くの国で実施しているし、どの国もその考えを、程度の差はあれ持っていることを再認識したニュースとして、取りあげた訳である。