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「ジャカルタ新旧あれこれ」の合間に

初めて改修なった! Landhuis #Cimanggis

202303-21のブログ「チリンチンのカントリーハウスの怪」、202304-01の「LANDHUIS CILILITANもある」につづき、似たものにLandhuis Cimanggisというのがある。



そういうのも今を去る25年前、小生はそこを訪問したことがあるのだ。

その時は何所帯かの家族が雑居していたので何ともしようがなかったがその後どうなったか気になる話である、今日サイトを探ると、Gedung Tua Landhuis Tjimanggis Kini Direnovasiとリノベーションの最中であった。



リノベにこぎつけるのにチョットした話がある。この建物は地元の住民には‘Rumah Cimanggis’ とか ‘Rumah Gede’と呼ばれて18世紀末にPetrus Albertus van der Parra 総督未亡人により 建てられた。総督の土地だからか、広大なの土地であり、訪問した頃はインドネシア ラジオ放送RRIの広大な電波発信基地があった。

 

建物にはかつてはドイツからの宣教師やオランダ人の役人が住んでいたがその後、オランダがインドネシアを去った後、遺産の建物は最終的にラジオ共和国インドネシア(RRI)の管理に引き継がれたのでRRIの従業員が住む所になりました。その後、崩壊するまで、住民が住んでいましたが。最後の婆さんを説得、避難した翌日建物は倒壊しました。

 

あの頃、ジャカルタで幽霊の出る建物の話を聞いていたが、この建物もそうであったようで、ここがインドネシア国際イスラム大学(UIII)のキャンパス建設エリアに含まれていたため、下見に来た当時のユスフ・カラ元副大統も幽霊の出る建物について声明を出して建物の破壊(取り壊され)を促したことがあったが、それは地元の人々や歴史的建造物の保存を訴える人々の批判を生み、それを乗り越えて改修にこぎつけたものであった。

 

それをGoogle Mapで場所をつきつめると2ケ所あり、一つはMuseum Rumah Cimanggisで場所はJl. Umum, Cisalak, Kec. Sukmajaya, Kota Depokである。

小生が撮った写真は言うなれば木造・藁ぶきの1階建ての印象があったが この建物は、建設中の写真だと2階建て鉄筋で不審に思っていたところである。しかし別称 Rumah Genteng(タイル張り屋根)というので別物を示すものではない。

fanllight



別の動画を見ると内部は大きく入り口のfanlightは偶々小生が写真に撮ったものと同じことが確認できた。

fanlight 1997




Google Mapの別の場所というのはBogor Raya通りの下り左手にRRI complex Cimanggis RW02と表示され、廃墟の写真が添えられていたが、本物は、とにかくRRIの敷地に入ってから一本道のその先に有った記憶があるが 今Google Mapは敷地に入っていないので以上の確認が精いっぱいである。


完成したいるようだが、行っても展示は何もないだろうし休むCaféもないだろうからあまり強制はできない。