今さら 日イのはてな

「ジャカルタ新旧あれこれ」の合間に

KallaとFadelもムハマッド

一昨日のマホメット->ムハンマドで現代のムハンマドの大物Muhammad Jusuf Kallaを忘れていた。彼は2004年のユドヨノ第1次と2014年のジョコウイ第1次政権で副大統領を務めた人だけにWikiに詳しいが小生は1998年に小誌にブカカグループを取り上げていたきりである。当時社長は同年生まれの学友(こちらはITB)のFadel Muhammad氏であったが、Fadel氏の方が日本では持ち上げられていた気がする。二人は政界に出て共に重鎮に上りつめた。
マホメットムハンマドのブログの続きとせば彼も追加せねばならぬし、発音はインドネシアの場合ムハマッドでも良いということでその点補足しておこう。
Jusufは1942年生まれ、ハサヌディン大卒、兄弟3人で1978年、故郷スラウエシ、ボネ県の土地名から名付けたBukaka社を設立、現在もその時の(兄)弟のひとりSuhaeli Kallaが会長をしている。
Fadelは1997年Bukakaから身を引いていていくつかの合弁など(Bayer、Gema、Dowell、Warta、Intan等)を保有或は経営し、政治面では2011年迄ゴロンタロ州知事(2度)、2014年迄の水産大臣を務めた。現在でもMPRの副議長を務め、中小企業・地方創生に尽力しているように見受けられる。

富豪リストでMuahmmadの有無をチェックしたが、一人もいなかった。それはJusuf Kallaが名前から敢えてMuhammadを捨てていたからで、当然彼は富豪で、純資産7.5億ドルのインドネシア第49位となっていた。 

尚、Gemaとは、この間突き詰めたGama Towerとはスペルが違い安堵した。
又Bukakaはダイブのメッカtakaboneとは関係のないWatamponeで地名にはBukakaは発見できなかった。
Kallaと言えば先週だったかKallaの甥のSadikin AksaがBareskrim国警本部、犯罪探査局で調べられているニュースがある。それは多分Kallaに飛び火しないだろうから後で別のブログで調べて見よう。