ジャカルタ今昔 日イのはてな

ジャカルタ中心にインドネシアの報道からその今昔と日本・世界への繋がりを探る

老舗メガネ屋 Lyly Kasoem

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Kasoem 2015
Dharmawangsa のHandokoから迷い込んだHanson InternationalのBenny Tjokrosaputraの祖父はKasom Tjokrosaputraであったが、このKasomと見間違った名前にKasoemがある。ジャカルタで見るインドネシアのメガね業界は大手が支配しており、大きな新しいMallには殆どこの眼鏡屋が店をだしている。その一つがLyly Kasoemである。創業者はA .(Atjoem) Kasoemで1916年生まれ(1979年没)、ガルット出身である。彼は貧農の息子であったがオランダの眼鏡屋で働く伝手があったのかそこからドイツ人経営者が事業を引き継がせる目的で修行させ、終にはこの店を購入し、最後は眼鏡の工場まで運営したが、この工場自体は金融危機の際に閉鎖されている。
彼はインドネシアでは初めてのプリブミの事業家となったが、やはり、当時華やかなオランダ植民時代の新しい文化を謳歌していたオランダ人の店の丁稚奉公から始めたのが成功したのであろうか
現在は娘さんになろうか第2世代のIra Kasoemが頑張っている。彼女自身は従来のLily Kasoem Optical ラインの他にLily Kasoem Atelierを作り、高品質で手ごろな価格をモットーに競争力を維持している。ブランドはデンマークLindberg 、パリのAnne & ValentinやMykita、Cutler & Gross、Moscotなど輸入ものが多いが、日本の自慢物は及びではない。OutletはPlaza Indonesia や Pacific Place、他に最初の店Bandung、Yogyakarta、Semarang、Surabaya、Denpasarなど12を数える。ジャカルタのチキニラヤ通りに大きなKasoemの店があるが、2015年当時2階を増築し訓練センターになっていた。 この記事は ジャカルタ今昔あれこれ2の続きとなっている。 奥ゆかしさで日本のCMと比較できる。

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a kasoem 2008