今さら 日イのはてな

「ジャカルタ新旧あれこれ」の合間に

ジャカルタの緑深い街の文化

 


 

Google Mapでジャカルタ クバヨラン地区を眺めると、カフェやレストランのマークがビッシリと湧いてくる。自宅をカフェに改装したのやら、かなり金をつぎ込んだものも多い。

 

思い出すと1998年の金融危機の際、貧者は土を食めと言われた時代に曲りなりにも家と小金のある人は自宅を屋台にして食べ物を提供したものだ。その一つがアズアズハール大学の裏のRaden Patah通りであった。今見ると国警本部とあいだの縦の道を入れ片側だけで30位あるが自宅改装型でなく屋台型である。

 

目ざといとか変わり身の早いと言っているのではない。そのような環境を作っている行政の奥の深さである。ジャカルタでは殆どの大通りの道は、車道と側道と歩道があり、つまり街路樹が2重にあり緑深い環境を作り出している。剪定している姿は滅多にないようで基本は自然に任しているようだ。 

 

日本は盆栽文化が象徴している通り、挟みを持って待っているので、毎年剪定をし桜の木を枯らしたりする。この機会に団地の管理組合の慣行を見てみるとよい。植樹の予算はないが剪定の予算はある。剪定を業者任せにせず2年ごとにするとかセーブすると節減できる予算があるはずだ。

 

 

安々と銀杏の大樹を切り倒すような、東京の外苑前の伐採、再開発計画は世界と衝突するわけである。これは植え替えだということのようだが、今の姿のなるには何百年もかかるはずで既に大樹になったやつを持ってきたらいいのだが持ってないというなら今からでもどこか都の山で植林しておくべきだろうと漫然と思う。

 

私の町では町中に枯れている並木を多く見かけるが植え替えている姿はない。枯れるとか倒木は災害である。だから紐付けの予算措置は出来ないと言うのなら解るが、枯れると鋸で切り倒したり引っこ抜いたりしているので金がないというのではない、出し渋る能登半島災害復興である。